戻る。


 

 

 

 

赤いグラデーションで染まった夕焼けの空。下から上へ、赤から黒へと変わろうと空の下、一人の少年が呆然と立ち尽くしていた。目の前には真っ黒に焼け焦げ、崩れ落ちた家の残骸が横たわっている。彼が住んでいた家のなれの果てだ。


 悲劇は彼が学校に行っている間に起こった。近頃、彼が住んでいる市と隣の市で放火事件が相次いで起こっており、狙われた家からは、ほとんど共通点が見つからなかったため、警察のなかでは愉快犯の犯行と見られているようだった。1、2ヶ月に1件のペースの犯行。数万とある家の中で焼かれる一軒。そんな宝くじのような確率で、不幸にも彼の家は燃やされてしまった。彼が知らせを聞き飛んで帰ってくるころには、もはや今の姿であった。もう炭以外にはなにも残されていない。


 彼は自分の部屋があった場所から、赤いガラスの破片を拾った。かつて、彼の部屋にはこれだけでなく、赤い壁、赤いドア、赤い机、赤いカーテン、とすべてのものが赤く染め上げられていた。その部屋には赤くないものなど何一つ存在しなかった。彼は自分の部屋のことを「ウソの部屋」と呼んでいた。名前の由来は単純だ。学校で「自分の部屋は何もかもが赤い」というウソをついた、ただそれだけだった。誰もが分かる、見え透いたウソだ。友人らもすぐにウソだと見抜いた。しかしその時、彼自身はその見え透いた嘘に対してわずかな執念を抱いた。からかわれたせいもあるが、ホントウに赤い部屋が存在してもいいのではないかと思ったのだ。


 それ以来バイトで稼いだ金で少しずつ部屋を改造していった。日に日に赤くなってゆく部屋を、親は気味悪がっていただろう。正直、それはとても不気味な部屋になりつつあった。すべてが赤く、そして照明すら赤い布で覆われていて、部屋のなかは赤と黒が交じり合った不気味な雰囲気が漂っていた。しかし、彼にとってその部屋を作ることはとても楽しかった。彼は部屋が徐々に完成に近づいていくうちに、彼は自分の中で何かが形作られていくような陶酔感を感じていた。心のなかで散らばっていたものが徐々に集まってカタマリとなり、それが胸をゆっくりと押し上げていくような感覚を、彼は部屋を改造している時にいつも感じていた。それが胸の鼓動を早くし、彼に心地よい興奮を与えていた。


 家が焼かれ、部屋がなくなった今、彼のなかで形作られていったものは、もはや彼の胸のうちには残っていなかった。ウソから始まり、徐々にウソを塗り固めて作った出来そこないのホントウは、結局のところ燃やされて、またウソに戻ってしまった。そして心のなかで育っていった、あの感情も気が付けば失っていた。胸のなかに確かにあったあの気持ちが一体なんなのであったのか、彼にはもうわからない。残ったのは赤から黒に変わった部屋のなれの果てが広がり、彼の胸をむなしさが胃を下へ下へと押しやるだけ。


 赤い空を侵食していくような重い闇がわだかまる底で、彼は赤いガラスを握り潰した。

 

 〜おわり〜

 

 

戻る。

 

作品がよかった、面白かったと感じてくださった方。

よろしければ上のバナーを押してくださると嬉しいです。(コメントも付けられます)

 

 

inserted by FC2 system