戻る

 

 

 

 

 

 

第1話 「その鼓動は強く」

 

 

 

 昔、小学校か保育園に行ってた頃に、俺には好きな番組があった。
 それは特撮でヒーローに変身する主人公の話で、変身した主人公は悪の組織と独りで戦って世の中を救うというありふれた番組だった。俺もそういうヒーローが活躍する番組が大好きなやんちゃ坊主の一人で、いつか俺も大きくなったら誰かを救う立派なヒーローになりたいって思っていた。
 だけど、大きくなっていくうちに世の中にそんな分かりやすい悪なんかいないし、それに簡単にはヒーローなんてなれっこないってことに気がついた。
 だから、せめて警察官にでもなって世の中のためになる仕事をしよう。今までそう思ってたんだ。

 

 


 一日の働きを終えた太陽が傾き始め、住宅地より少し離れた小高い丘陵に建てられた私立高洋高等学校の校舎を赤く染めている。いつもこの時間ぐらいまで学校のグラウンドは部活動で盛んに高校生たちの声が聞こえるはずなのだが、何故か今日はまったく聞こえない。

 ズドンッ!!

 突如、地響きを伴った轟音と共に、グラウンドに面した校舎から重く響く振動音ともうもうとたち込める土煙が巻き起こった。女子生徒の悲鳴を皮切りに叫び声や怒号が次々と高校の敷地内を飛び交い始める。

「…うっ」

 少女はその爆心地で倒れていた。額を割ったのか頭からの流血で片目が見えないが、状況を把握するためによろめきながらもなんとか立ち上がり、辺りをうかがい始める。一階の印刷室がゴッソリ抉るように鉄筋コンクリートを削られており、部屋の中に設置されたコピー機も象でも体当たりをしたかのようにペシャンコにされてしまっている。少女自身も着ていた制服は先ほどの爆発を喰らったせいか、ボロボロの布キレのようになってしまっている。
 そして、少女はその爆心地の真ん中、粉塵舞うの中心に人影がいるのに気がつく。煙が薄いところから見えるそのシルエットは細く華奢な人間に見える。煙が完全に抜けきるとその中から姿が露になった。

「…!?」

 それはまるで軍などに使わているようなサイボーグの姿のように見える。関節部分など生身の部分と見受けられるラバースーツの部分が多少あるものの、ほとんど全身を黒と赤に色分けされた金属で作られた外骨格に身を包まれている。そして、そのフォルムから女性の身体を模しているのは曲線的で華奢なシルエットから見て取れる。足を若干広げ、腕は胸の前で組んで仁王立ちをするその姿は女性の姿ながらに力強さを放ち雄々しく見える。組んでいる腕の左脇には彼女の身長を一回りも上回るほどの巨大な槍。長刀のように巨大な刃が取りつけられているが、それは両刃になっている。露出している部分のひとつである首から上はまだ年頃の少女そのもの。綺麗に切り揃えられたセミロングの髪をなびかせてまっすぐ先を見つめる黒い瞳は力強さに満ち溢れている。その異様なほど威圧感のある槍と華奢な外骨格に少女の相貌によるギャップは言葉にならないほどの雰囲気を湛えていた。

「……あ?」

 その校舎を破壊した主はふと自分の手を見る。手全体につけられているガントレットはそれ自体がまるで皮膚を成しているかのように細い。

「…あれっ!?」

 しかし、その腕に驚いていた様子の彼女は必死になって自分の身体をまさぐり始めた。先ほどの堂々とした姿から一変、あたふたと慌てて自分の状態を確かめている。そして、破壊されていなかった奥の廊下側の戸に付けられたガラスで自分の姿を見ると、びしりと動きが一瞬にして固まる。ガラスを凝視する彼女はぶるぶると震えながらソプラノトーンの声で校庭おろかその向こうまで聞こえるほどの咆哮を上げた。

「なんっ…じゃこりゃぁぁぁあああああッ!!!?」

 

 


「リョーウっ」

 余裕の登校を果たし、朝礼が始まるまで時間があるということで机に突っ伏して二度寝を敢行しようとしていた2050年度の入学生である一年B組の大崎綾(おおさきりょう)は、これまた一年B組の幼馴染である栗林紗江(くりばやしさえ)の声で顔を上げた。その顔は不満で一杯だ。

「んだよ…、せっかくヒマだから寝ようと思ったのに」
「リョウ! ニュースだよっ!」

 鼻息荒げて興奮の様子で詰め寄ってくる紗江に綾はハエでも払うように手をパタパタと振る。

「またしょうもない話でも聞いてきたんだろ? 頼むから寝かせてくれよ」
「お願い〜。アヤちゃん聞いてったら〜」
「誰がアヤちゃんだッ!」

 スパンッ、と小気味良い音を立てて紗江は綾に頭を叩かれる。綾は加減したつもりだったが思いのほか強かったようで紗江は頭を抱えてしゃがみこんで小さくプルプル震えている。

「…で、なんだよ」
「あたた…、ちょっとは加減してよ。大体、か弱い女の子に暴力振るうなっ」
「いいから、早く話せ。寝るぞ?」
「わわ、待った待った! 言うから寝ないでよ!」
「早くしろって」

 エヘン。わざとらしく咳払いをする紗江。どうやら今日は自信があるらしい。胸を張って誇らしげに高らかに宣言する。

「今日! うちのクラスに転校生が来ます!」
「……、へぇ」
「…何よ、その間は」

 無感動な様子の綾に紗江は不満そうに頬を膨らます。

「そこまで驚く内容でもないが。確かに珍しいニュースではあるな」
「でしょでしょ。今三学期でしょ? この時期に転校なんて怪しいわよね〜」
「怪しいってなんだよ」
「ほら、何かの陰謀とか…」
「……お前アタマは大丈夫か? いい医者紹介しようか?」
「ムキー!」

 顔を真っ赤にして突っ込んでくる紗江のおでこを綾は手のひらで押さえつける。紗江は怪しい話などに嗅覚が強く、それに喜んで首を突っ込むタイプなので綾は度々その手のトラブルにあい、辟易していた。こうやって受け流しておかないと後が怖いのだ。
 そうこうしているうちに予鈴が鳴り、紗江もしぶしぶ自分の席に戻っていった。予鈴のすぐあとに担任の教師が入ってきた。一年B組担任である化学専攻の教師、杉本康太(すぎもとこうた)は汚れた白衣のポケットに両の手を突っ込んで、客員用のスリッパをペタペタ鳴らしながら入ってくる。そしてその後ろから一人の女の子も一緒に入ってくる。背まで伸ばした髪、少したれ目気味の瞳で穏やかそうな表情を湛えている彼女は見たことのない制服に身を包んでいた。紗江の言っていた転校生とは彼女のことだろう。クラスメイト達は色めきたってしきりにざわざわと騒ぐ。

「あー、突然だが今日からうちのクラスに新しく生徒が増えることになった」

 杉本はポケットに突っ込んでいた左手で白いチョークをつまむと黒板に転校生の名前をでかでかと書く。

「瀬川葉子(せがわようこ)くんだ。三学期も終わりに近いが仲良くしてやってくれ。じゃ、瀬川くん何か挨拶でも」

 杉本はパリパリとフケの多いボサボサの髪を掻きながら転校生を教壇の前へと施す。

「初めまして、瀬川です。よろしくお願いします」

 想像通りの穏やかでのんびりとした口調で転校生は挨拶すると、品の良いゆったりとした動作を纏ってお辞儀する。綾たちの学年ではこれが初めての転校生だろう。転校生という言葉だけでも浮き足立つクラスメイトたちはそれぞれに横や後ろやらでひそひそと話し合ったりしている。どうやら、全体的な雰囲気だと割と好印象といった感じだ。
 綾はぼうっとその様子を一番後ろにある扉側の壁の席で眺めていた。見た感じ普通の女の子だ。紗江が言うような怪しげな雰囲気は微塵にも感じられない。どうせまた気のせいだろうと思っていた綾は別段気にかけているわけでもなかった。
 杉本に施され、転校生は紗江の隣にある、前もって空けられている席に座った。紗江は転校生に手を小さく振っている。早速挨拶しているようだ。

「ちなみに二年生のクラスにも二人ほど転校生がいるわけだが……」

 ある程度の間をおいて落ち着いて杉本が喋り始めるが綾はこれ以上聞いても仕方ないとばかりにアクビをすると机に突っ伏して寝てしまった。

 

 

 


 昼休み。校舎の屋上にある給水タンクの横に腰をかけると購買で買ったツナマヨネーズのおにぎりにかぶりついた。今日は晴天で青く澄み渡る空は寒い冬の冷たさに磨かれて、その青さをさらに際立たせている。向かい側の校舎の中を眺めていると紗江が一緒になって転校生の瀬川葉子と歩いているのがたまたま目に入った。

「仲良くなりたいんだか、探ってんだか」

 呆れ気味に綾は呟く。おそらく両方だろうとは思っている。紗江の好奇心は無邪気なもので、目の前に何か怪奇現象や事件などがあると首を突っ込まずにはいられない性質だ。だが、それは面白半分に人や事象を疑っているわけではなく、ただ大きすぎる好奇心を行動で体現しているに過ぎない。もっと色んなものを知りたい。ただそれだけのことだった。それ故に、少々危険な目に合うことも多く、幼馴染としては肝を冷やしていた。

「毎度毎度、痛い目に合っているのになんで懲りないかねぇ。あいつも」

 二人が廊下を通りすぎて見えなくなると綾はコンクリートの床に寝転んだ。今日は晴天だけに冬の寒さを和らぐほどの暖かい太陽の光が降り注いでいる。綾は学ランにスタジャンを羽織る程度の格好で空を見上げる。今日の空は雲ひとつなく青々と澄み渡っている。綾は暇さえあればいつもぼうっと何も考えずに空を眺めるのが習慣だった。

「くあぁ…」

 満腹感のせいか、また眠くなってきた綾。まるで空に自分が吸い上げられていくような感覚を抱きながら、まぶたを閉じる。ここのところ、よく眠くなるようになった。ヒマさえあれば寝てるような気すらする。何かあったわけではないが、身体に溜まる睡眠欲に少々の疑問感はあった。しかし、そんな疑問すらも溶かすように意識は眠いの闇に落ちていく。

「ギギギ…」

 眠りに入っている綾の背後から機械で作られたような奇妙な合成音声ととれる音ともに機械の稼動音が近づいてきていた。その音の主は目が覚めることのない綾のすぐ傍まで近づいてくる。これ以上ないほど接近したそれはしばらく綾を凝視している。しきりに目だと思われる部分に埋め込まれたカメラがせわしなく動いている。何かを探っているような様子である。その音を不快と感じたのか、綾はうめき声とともに寝返りを打つと背を向ける。

「ギギギ……」

 それはまた合成音声のような声を独り言のように呟くと綾から離れていく。それが一体何者なのか、見ていたものもただ青く澄んでいる空だけだった。

 

 

 


 授業も終わり、部活動をしていない綾は帰り支度を始めていた。体格のいいほうである綾は入学当時からかなりスポーツ系統の部活からスカウトが来ていたが、綾自身は小学校入る頃から通っている空手の道場があるためにそちらのほうで活動している。

「リョウ、今日も道場?」
「あ? そうだな、毎日道場行ってるからな。それに今日はバイトもないしな」

 いざ帰ろうとした綾は紗江に呼び止められた。道場自体は週二と決まっているのだが、家に帰ってもバイトの時間までやることのない綾は空いている時はいつも道場に寄って自、主トレーニングをしている。今日も稽古自体はないので、自主トレーニングをするつもりだ。

「そう、それならいいんだけどね」
「なんだよ。気になるな」
「今日、自主トレのつもりならさ。瀬川さん誘って何か食べに行かない?」
「もうそんなに仲いいのか? 今日転校してきたばかりなのに」
「そうじゃないの。瀬川さんまだ来たばかりだからわたしやリョウが友達になってあげられば瀬川さんもこれから学校でやりやすいじゃない?」

 紗江の行動力や度胸は大した部類である。半ばおせっかいに入るのだろうが、彼女は良かれと思ったことは即実行する人間なのだ。委員になっている放送委員でも、まだ一年ながらに二年次には委員長間違いなしと言われるほどの行動を伴う実力派だ。

「まぁ、お前がそうしたいなら協力してもいいぜ」
「ホント? よかった。じゃあ、わたし瀬川さんを探してくるからリョウも探しておいてくれない?」
「わかった。じゃあ、昇降口で落ち合おうぜ」

 そう言って紗江と別れた綾はとりあえず校舎の一年生に当てられている教室の階を探し始める。しかし、なかなか姿を見つけるととができなかった。この時間だからすでに帰ってしまっている可能性もある。転校生なだけにやることもないだろう。自分ならすぐに帰ってしまうだろう、と綾自身も考えていた。

「ん? あれは…」

 視聴覚室まで来たところで綾は窓から校舎の裏側へと走っていく例の転校生を見つける。鞄を持っている様子ではなかった。今から追いかければもしかすれば追いつくかもしれない。綾は急いで校舎から出ることにした。

「はぁはぁ…、おっかしいなぁ」

 視聴覚室前の廊下で見た時はこっちへ向かってたはずだ。綾は瀬川葉子の向かっていた方向を予測して校舎の裏側にきたが、そこで転校生の姿を見つけることができなかった。急いで校舎から出てきたので上履きのままで来てしまった。誰かしら先生に見つかると面倒なことになりそうだ。そう思った綾は回れ右で校舎へと戻ろうとした、その時だった。

 ドコンッ! メキメキメキッ!!

 目の前にあった校舎がある学校の敷地外にある、すぐ後ろに放置されたドラム缶の群に何かが激突した。舞い上がる粉塵とドラム缶の中に溜まっていた廃液がびるびると飛び出している中、ぶつかった何かが起き上がってくる。

「ギギギ…」

 そこには叩きつけられてへこんでしまっているのとは少し違うが、まるでドラム缶のような円筒の簡素な金属ボディを持ち、そこから四肢のように伸びた人口筋肉を纏った手足が取り付けられているいわゆる人型のロボットがいた。

「あれは…ギア!?」

 機械とは思えないほどのスムーズでゆったりした動作で立ち上がったロボットに校舎側から飛来してきた黒い影が激突する。

「うわぁ!?」

 激突時の衝撃と突風で目が眩んだ綾は思わず両手をクロスして自分を庇う。吹き飛ばされかけるがそれを耐え、突風が収まるのを見計らってそっと腕を開けてみる。

「瀬川さん!?」

 目の前には黒い外骨格で身を包んだ少女がいた。アーマーから露出している部分の一つである顔を見るとそれは例の転校生である瀬川葉子その人だった。転校生はロボットと戦闘を行っていたのだ。転校生の持っている西洋の騎士が扱うような長いランスが、人型ロボットの右腕に取り付けられているチェーンソーと拮抗しあっている。綾に気がついていない少女は果敢にロボットに飛び掛って交戦している。武器と武器が交わされるたびに火花を散らして衝突しあう。

「聞いてないぞ…! この近隣でギアが暴れているなんて」

 ギア、それは三年前から突如現れ始めた謎のロボット機械。最初の出現時、日本の首都である東京とその周辺の関東県内に大量に出現し、目的不明の破壊活動を行う謎の存在である。近年はある一定の都市をターゲットに全国規模で出現している。そしてそこには必ず破壊活動が含まれ、周囲で死傷者を大量に出す状態である。金属でありながらその身体には独自の流体駆動で可動する筋肉のような身体を有しているため、その姿は生命体に近い姿をしている。しかし、その存在はメディアによって報道はされているものの、情報は少なく国民にとって脅威という認識以外は何一つわかってはいない。
 ギアと果敢に戦う転校生だが、徐々に決定打を撃てないままいたずらに戦闘地域を拡大していってしまう。校舎の裏昇降口は粉砕され、駐車場に置かれている教師たちの車などが潰され両断されていく。

「くっ」

 闘っている瀬川葉子も焦っていた。このまま戦闘地域を広げてはそのうち被害が建物どころかその場にいるであろう人間にも飛び火するだろう。今までの戦闘ではそれなりに上手くいったはずなのに、今日は何故かいつもほどの出力が出ず、ギアを倒しきることができない。突きを得意とするランスだが、人型の装甲が思った以上に頑強な上にいつもの出力が出ないために微量の傷を与える程度のダメージしか負わせることができない。巧みに学校の敷地内を飛び回りながら攻防するギアに翻弄されるがままに闘う少女。気がつけば戦闘範囲を学校の校庭にまで広げてしまっていた。

「ギッ」
 キイイィィィーーン……ッ!

 独特な高周波の音を発しながら人型ギアの円筒ボディの腹部が分断され開閉した。開放された腹部の中心部の砲身と思われる部分が光を発し始める。

「ビームッ!?」

 近距離での砲撃を試みようとする人型に少女はとっさに離れようとするが、ランスによる近接攻撃を仕掛けていたためにすぐに離れることができず、人型にビームを撃ち込まれてしまう。ビーム砲をモロに喰らった転校生は校舎の壁を突き破って吹き飛ばされた。しかし人型のビームも出力不足か校舎に叩きつけるほどのビームは撃てず、少女を校舎の壁にはじき飛ばすだけに至った。しかし少女もかなりのダメージになったのか、立ち上がることができない。

「ううっ…」

 ――進化している。過去に報告されたギアのデータや少女自身の経験のなかでビーム砲を装備している種類は見たことがなかった。人型はもっとも多いギアの種類だが、他に存在するどの機種もビーム砲を実装していなかった。これはギアが進化し始めていることを暗に示している。近接攻撃を基本とする少女にとってかなり相性の悪い相手と言える。

「瀬川っ!」
「けほっ…、だ、誰?」

 崩壊した壁から一人の男子生徒が顔を覗き込んでいる。誰だろうか。この学校には今日、転校してきたばかりだからさすがに誰なのかわからない。名前を知っているということはクラスメイトなのかもしれない。

 ドクン。

 少女が男子生徒の顔を見た瞬間、何故か鼓動が勝手に速く打ち始めた。身体を張り裂いて体中の血管が破裂してしまいそうな、そんな感覚だった。

――何これ…、身体中が熱いっ!?

「大丈夫か!? 今助ける!」
「ダメ…! は、早く離れて…っ! ギアがくる…」

 果敢に瓦礫を退けて助け出そうと男子は必死になっている。これぐらいの瓦礫なら少女自身で簡単に退けられるはずなのだが、身体に力が入らない。例の感覚が強まるに従って、まるで身体が力を出すのを拒否しているようにも感じられる。

キイイィィーーー……ンッ!!

 先ほどの高周波の音が再び周囲に響き始める。先ほどより音量が大きい。

「ダメっ!!」

 少女は最後の力を振り絞って瓦礫から飛び出し、男子生徒をかばうように覆いかぶさる。抱き合う形にとなった二人はビームによる閃光に塗りつぶされていく。

 ドクン。

 その時、少女は自分の力が根こそぎ奪われていくような感覚を抱いた。先ほどの身体の虚脱感が徐々に身体の外に抜け出ていくような感覚だった。そして本当に一瞬だったが、目の前にいるはずの少年の影に赤い血脈のような光が走っていくのが見えた。

 バキンッ!!

 何かが一瞬にして固まるような音と共に光は向かってきた方向へと吹き飛ばされていく。そこで葉子は信じられないものを目にした。そこには自分以外の先ほどまでの自分にそっくりな外骨格を持つ赤い身体が目の前に立っていた。しかし、その手に握っている槍は突きを基本としたランスとは違い、巨大な両刃のついた槍。先ほどまでいたはずの少年の姿はなく、その代わりにセミロングの髪をなびかせる一人の少女が仁王立ちで立っていた。

 

 

 


 同じ頃、避難警報が発令された市街地へと向かうバイパスを走る一台の白いワゴンがあった。

「で、どうなってるんだい?」
「キーンフレームのシグナル消失。しかし、キーンのソーマは未だ健在のようです」
「わけがわからないねぇ」

 ワゴンの後部座席に座っているチャコールグレーのスーツに赤いYシャツ、そして黒いネクタイをした男はこざっぱりした髪の毛を軽く掻いた。まだ三十代入ったばかりといった風貌の男は軽い口調で隣に座ってしきりにノート端末を操作しているサングラスをかけた黒いスーツの男に話しかけている。

「葉子クンがやられたなら、葉子クンのソーマの反応も消失してもおかしくないはずだよねぇ。ソーマのモニタリングは可能なのかい?」
「ええ、現在ソーマのレートは6.5を記録しています」

 グレーのスーツ姿の男は大げさに両手を広げて驚いている。ひょうきんな動作でリアクションしているが、顔は終始笑顔でそれがなんとも胡散臭く見えて仕方がない。

「6.5!? えらい数値じゃないか。確か、葉子クンは最大でも4.5ぐらいじゃなかったっけ?」
「他のソーマ流動体フレームの使用者でもレートは最大5.0ほどですから、これは過去最大値でしょうね…」
「うーむ…、これは自分自身の目で把握しないことには状況はわからないねぇ。狩谷クン、現場まであとどれぐらいだい?」

 狩谷と呼ばれた運転席の男はルームミラーで後部座席の男をちらっと見て答える。

「シグナル消失地点が瀬川や小見崎、河野の転校先ですので、おそらくその付近かと」
「じゃあ、もうすぐそこってわけね。小見崎クンと河野クンはどうしてるの?」
「フレームの反応ありません。おそらく高みの見物かと」

 それを聞いたグレーのスーツの男は心底がっかりしたような表情でうなだれる。

「……彼ら二人、今月減給ね」
「社長、ソーマのレート変動が安定していませんので、恐らく戦闘中かと思われますが?」
「近くで様子が分かればそれでいいよ。危なくなったら逃げましょう」

 社長と呼ばれたグレーのスーツ姿の男は、しきりにニヤニヤと笑う。

「これはひょっとしたら、掘り出し物かもしれないねぇ」

 

 

 

「なんっ…じゃこりゃぁぁぁあああああッ!!!?」

 しきりに身体中を触って、自分の姿を確認している少女。その顔は驚きを通り越して慌てふためいている。

「あなた…、何者?」

 その驚きぶりを唖然と見ていた葉子はようやくと我に返ったといった雰囲気で声をかける。少女の驚きぶりでは、おそらくこんな体験をしたのは始めてなのだろう。しかし、それは葉子も同じだった。

「お、俺っ? 俺はええと…そう、君と同じクラスの大崎綾だよ」

 どもりがちな口調で話す少女、どうやらあまりの異常事態で頭の中が混乱しているらしい。大崎綾、確かクラスの隣の席にいた女の子がそんな名前の友達がいるから紹介すると言っていた気がする。しかし、それは男の子だったはずだ、と葉子は記憶していた。

「えっ…? 男の子じゃないよね?」
「何言ってるんだよ! さっき瓦礫から助けようとしたじゃないか」
「ええっ…!?」

 少女にそう言われて、葉子は先ほどまでの状況を思い出しハッと息を飲む。目の前にいた少年の身体に赤く光る筋が何本も走っていくのが見えたのを思い出したからだ。

 ――アレはソーマの光のようだった…。

 そして自分の姿を確認するとボロボロになってしまっているが、元の人間らしい姿に戻っていることが分かる。

 キイイィィーーーンッ!!

 再び高周波を発生させる時の音が聞こえる。しかし、両腕を組んでブツブツと何か考え込んでいる綾はそれに気がついていない。

「大崎くんっ!!」
「へっ?」

 バチンッ!!

 葉子は慌てて叫んだが遅かった。ギアのビームは綾の赤い背中に命中し、綾はその衝撃で倒れこむ。

「あたた…」

 しかし、損傷は軽微だったのか、綾は背中をさすりながらよろよろと起き上がる。

「大崎くん、だいじょう…」
「いてーな! このやろうぅ!!」

 背中を庇いながら崩壊した印刷室から校庭へと出て行く綾。先ほどの攻撃で腹が立ったのか、素手でのしのしと出て行く。それを葉子は驚きの表情で見ていた。自分ですら弾き飛んだビームを平気で起き上がれる程度のダメージで済むなんて。

「大崎くん、槍忘れてるよ!?」

 葉子は地面に突き刺さった槍を抜こうとするが、変身が解除された姿では力不足なのか一向に抜けない。

「ちくしょう…。一体なんだってんだ」

 状況把握がまだ甘い綾はぶつぶつと呟きながら、敵がどこに潜んでいるかわからない校庭へと出る。校舎の壁に張り付いていた人型はそれを確認すると、奇襲をするべく綾の背後から飛び掛ってくる。

 ドコンッ!!
「ギッ!?」

 しかし、気配を感じ取っていた綾はすぐさま振り向き、人型目掛けて鋭い回し蹴りを浴びせる。細くしなやかな脚が高い打点で人型の頭部を捕らえ、小柄な少女の姿からは想像もできないほどの凶悪な威力をもって人型を地面へと叩きつける。腹に響く重低音と共に人型の頭部をガードするヘルメットを陥没させていた。すかさず綾は前のめりになって倒れている人型の首根っこを掴むと持ち上げる。

「この野郎、よくも…うわっ」

 利き腕を振りかぶって一発打ち込もうとする綾に人型はチェーンソーを振り回す。慌ててそれを避けようとした綾は掴んでいた人型の襟の部分から手を離してしまう。
 これ幸いと次々に斬撃を繰り出してくるギア。刃物相手に綾は避けるしかなく、身体を振ってなんとかかわす。

「大崎くん、槍! 槍取って!!」

 背後で声がするので振り返れば、必死で槍を引き抜こうとしている転校生が目に入った。先ほどまで持っていた槍が地面に突き刺さっている。よく見ると槍は自身を主張するように赤い光が筋となって剣身を静かに明滅させている。まるで、自分を使えと言わんばかりに。

 ――呼んだら、来るんじゃないか?

「キーンスラッシャー!!」

 綾が手を差し伸べて、その名を呼ぶと槍は剣身の最下部に取り付けられたブースターを瞬間的に点火し、その勢いで回転しながら持ち主へと飛んでいく。綾は身を翻して宙を舞うと、槍の柄をつま先にひっかけてそのまま身体を回転させて槍を蹴り飛ばす。槍は一直線にギアの脳天へと落下し、頭部から剣身を刺し込んで真っ二つにギアを両断した。

「ギッ…ギギギ…」

 断末魔のようなに声を零すとギアのモノアイは光を失って二つになったボディが同時に後ろへと倒れこんだ。

「ふうっ…」

 全てが終わった綾は一息つくと、そのまま地面にどかっと腰を下ろした。今になって緊張でゆるんだせいか、緊張していた心臓の鼓動がどっとその速さを上げてくる。

 ――何だったんだ。一体…。

 疑問が多すぎる。しかし、極度の疲労感と緊張感からの開放で頭が考えることを拒絶するため、何も考えられない。綾は持っていた槍から手から落とす。

 シュルルルルルルッ!!
「なっ、なんだこれっ!?」

 突然、綾の身体に白銀に光るワイヤーが巻き付く。突然の異変に綾は慌ててなんとか抵抗しようとするが、あっという間にがんじがらめにされてしまった。

「やぁ、どうも」

 身動きが取れなくなって横たわる綾に近寄ってくるチャコールグレーのスーツ姿の男。その横には葉子や綾の姿とは若干デザインの違う外骨格の男がスーツの男の横に付き添っている。男のガントレットからはワイヤーが流れ出ていることから、綾の身体を縛り付けているワイヤーはその男の物だということが分かる。ニコニコと明るい笑顔で歩み寄ってくる男に綾は状況がさっぱりわからずポカンと口を開けた何とも間の抜けた表情で見ている。

「武林社長!?」
「おお、瀬川クン。ご苦労だったね」

 間抜けな姿で寝転んでいる綾の背後から葉子が社長と呼んだ男のそばにかけよっていく。

「どうしたんですか? こんなところへ」
「いやいや、面白そうなことになってるじゃないか」
「ええっ?」

 スーツの男は綾の顔のそばまで来ると、しゃがみこんで綾の顔を覗き込む。

「突然変異ってことなのかな?」

 スーツ姿の男の、誰に問うでもない独り言のような言葉に綾は困惑する。一体何がどうなっているのか、綾にはさっぱりわからなかった。

「佐藤クン、彼女運んじゃって」
「はい」
「わあ! 何するんだ!」

 佐藤と呼ばれたサングラスの男はさっさと綾を担ぎ上げるとワゴンへと歩いていく。綾は必死になって抵抗しようとするが暴れれば暴れるほどワイヤーが食い込み、さらに動きづらくなっていく。

「抵抗はやめといたほうがいいと思うよ。狩谷クンのワイヤーは動けば動くほど締まるから、あとで大変なことになっちゃうよ」

 愉快そうに話すスーツの男の顔に綾はうんざりすると、観念したように一切の抵抗をやめる。

「そうそう。悪あがきはよくないよ。大丈夫、変なことはしたりしないからね〜」

 何か悪人のような口ぶりに綾は不安を大いに掻き立てられるが、身動きができない以上どうすることもできない。そしてついに綾は怪しい男達が乗っていたワゴンに載せられてしまった。

 

 

 

 


〜つづく〜

戻る

 

作品がよかった、面白かったと感じてくださった方。

よろしければ上のバナーを押してくださると嬉しいです。(コメントも付けられます)

シリーズ物の作品のコメントの場合はタイトルと何話目かを付けていただけるとお返事しやすいです。

 

 

inserted by FC2 system