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「すーはー…すーはー…」

 朝の涼しさは去り、太陽が真上を来ようとしている頃、耀(ヨウ)は縁側でただ一人ぽつんと座って深呼吸をしている。本人は深呼吸のつもりだが、それは浅く吸って浅く吐いているだけの、普段と変わりのない呼吸をわざと意識的にやっているだけに過ぎない。だから、他人から見ればそれは深呼吸にはとても見えるものではなかった。

「すーはー…すーはー…」

 ――なんで、俺がこんなことしなきゃならないんだ。
 実際、耀自身乗り気ではなかった。しかし、やらなければ恐ろしいお仕置きが待っている。なんでこんなことをしているのかというと、話は昨日まで遡らなければならない。

 

 


 あの後、家に戻るとヨヘエの用件を済ませた蛇は耀に例の呼吸法をおさらいさせた。蛇が言うには、先ほどの玄武洞で不足していた精は幾らか補えたものの、耀の身体に本来あるべきはずの精にはまだまだ足りないというのだ。

「大体、その精って何なんだよ?」
「む、そういえばちゃんと説明してなかったか」

 突然の疑問だった。霊的な知識のない耀にとって精の重要さは先ほどの命の危機でようやく本能的に知ったばかりだ。絶対的に必要なものであるのは理解できるが、それが一体なんなのかは理解どころの話ではなかった。

「そうだな……どうやって説明するかね……。そうだ。お前、火の玉を見たことがあるか?」
「えっ? あの怪談で出てくる火の玉?」
「そう」

 突然の突拍子のない話に、耀はきょとんとする。耀自身は見たことはないが、レンや他の子が話す怪談の中でよく出てくる存在だ。姿は知らないが、どのようなものかは想像してみたことがある。蛇は話を続ける。

「あれは、魂が剥き出しの状態のものでね。本来、あれは肉体の中に宿っているものなんだよ。それが宿るべき肉体が滅ぶとああやって剥き出しの姿になってしまうのさ」
「それがどうしたんだよ」

 話が見えてこない。耀は訝しげな表情をする。

「あれの炎はどうやって燃えているか分かるか?」
「……? あっ、もしかして」
「そう。あの炎を燃やしているのが精なのさ」

 そう言われて、ようやく合点がいった。

「お前はその魂を燃やすための燃料である精が足りないというわけだ」
「そういうことか」
「人間ならそこまで精が必要というわけではないが、今のお前には今の暮らしだとちょっと少なすぎる。日常の食事で精は取れるんだが、それだけではお前には足りないだろう。そこで、呼吸による精の精製が必要になってくるわけだ。幸いここは清い空気があるから呼吸でも多少の精は精製できる」


 そういうと蛇はゆっくり深呼吸をしてみせる。そして吸いきったところで息を止めると、腹を抑えながらゆっくりと息を吐いていく。すると息と共に白いモヤが出てきた。湯気や煙のような姿のそれを蛇は指で絡めとった。

「これが精だ」

 耀は不思議そうに蛇の指に絡みついたものを見つめる。恐る恐る指でつついてみるが、雲のようなそれは触っても感触がまったくない。


「これぐらいの形になるほどの精を精製するにはかなりの修行がいるが、ここまで行かなくとも今のお前には多少の精は体内で精製できる」

 蛇の指に絡みついていた白いモヤがボンと音をたて、青白い炎を上げて大きく燃え上がった。強く火がついた白いモヤはあっという間に炎に焼かれて消えていってしまう。鮮やかに燃えていく炎に耀はぼうっと見惚れてしまっていた。

「だから、これから毎日三回は必ずこの呼吸法をするようにな。それをやれば多少一日に取れる精が増えるからな。ちゃんとやっていれば、そのうち体力もそれなりに上がってくるだろう。だが、それを怠った時は……」

 蛇は自室から一本の竹棒を持ってきた。棒には擦れた字で「セッカン棒」と書いてある。それで一体何をするつもりなのか。


「コレを使ってお尻百叩きの刑に処すので、そのつもりで」

 太い竹の棒。持つ部分には布がきつく巻かれている。蛇は片手で掴んでいるが、耀やカヤの手では両手で持つのがやっとだろう。凶悪すぎる…。
 ふと見ると土間のところにカヤが柱に隠れて小刻みに震えている。目にいっぱいの涙を溜めている様子を見るからに、以前はカヤがこの棒でセッカンされていたのだろうか。凶悪なほどに太いその棒で自分が叩かれるところを想像した耀もまた身震いが止まらない。

 ブンッ!

 と、余所見をしていたところを、いきなり頭上からセッカン棒が振り下ろされてきた。

「あうっ」

 耀は一気に身を強張らせる。物凄い速度で落ちてきたセッカン棒は耀の左肩の少し上で寸止めされた。あまりに凄まじい速さで振り下ろされたためか、耀の髪の毛が二、三本斬れてはらはらと落ちた。あまりの鋭い一閃に耀の背筋に冷たいものが走った。

「いいか? わかったな」


 さすが山のヌシ、威圧するのはお手のものだ。見る者すべてが凍るような凄惨な笑みで耀を威圧する。そのあまりの怖さに耀は条件反射でコクコクと何回も首を縦に振る。

「よし、約束だ」

 頷く耀に蛇は先ほどの表情とは打って変わってニッコリと微笑んだ。圧迫感にも似た威圧感も消えていたが、先ほどの恐怖感を拭いきれない耀は強張った表情を戻すことができない。

「カヤ? 何隠れているんだ?」

 蛇は不思議そうな表情で、土間の柱に隠れているカヤに声をかける。声をかけられたカヤのほうはビクッと身体を強張らせる。笑顔で歩み寄ってくる蛇に対して、今にも涙がこぼれそう瞳をいっぱいに開けて上目遣いで蛇を見つめている。

「あ、あのっ、ごめんなさいっ」

 あまりの怖さに、何故かわけもわからず謝ってしまうカヤ。いや、直感で分かっているのかもしれない。蛇の笑顔にいつの間にか再び凄みが含まれていることに。

「ははは、何を怖がってるんだ。あ、そうだ。ちょっと俺の部屋に来い。いいな?」

 蛇はカヤの着ている着物の帯を右手でガッチリ掴むと、そのままひょいとカヤを背負う。あまりの自然な動作に耀はポカンと普通に流して見てしまっていた。

「やっ、ヌシ様っ」
「ちょっと話があるんだ。いいから来い」

 肩に担がれたカヤはジタバタと手足をバタつかせるが、やはり蛇はびくともしない。そのまま、蛇はセッカン棒を片手に自室へと足を運んでいく。

「いやっ、やぁっ、ごめんっなさっいぃ! ごめんなさいぃぃぃぃぃ!!!」
「なんで謝ってるんだ??」

 もはやしゃくり上げながら、必死に謝り続けるカヤ、しかし無情にも蛇は部屋に戸を開けて入っていく。

「いやあああぁぁぁっ!!!」
 タン。

 そして抵抗も空しく、カヤの悲鳴と共に静かに戸は閉められた。
 居間にただ一人残された耀は、身体を丸めて震えていることしかできなかった。

 

 


 ……スーハースーハースーハースーハー。

 昨日の出来事を思い起こした耀。気がつけばいつの間にか呼吸の速度が物凄い速さになっている。変な汗が全身から吹き出てきた。自分の身体が心配だからというよりも、自分のお尻のほうが心配になってきた。蛇とはまだ短い付き合いだが、あの時の目は本気だと思わせるものが十分にあった。そして、何より十六にもなってお尻を叩かれている自分の姿を想像するだけでも恐ろしい。

 ヒュウッ………ヒュウウッ。

 恐怖のせいか上手く呼吸ができず、少し過呼吸になってしまっている。徐々に顔色も青白くなってきて、頭の中が真っ白になっていく。

「おーい、耀。ちゃんとやってるか? ……お?」

 しばらく出かけていた蛇が帰ってくる頃には、耀は居間でぶっ倒れていた。

「……なにをやってるんだ? おまえ」
「も、もちろんっ、ハァハァ…言われた通りのっ…呼吸っ…ハァハァ」
「なんで倒れてるんだよ」

 耀は胸で苦しい呼吸しつつも苦し紛れにニッコリと笑った。しかし、グッタリと倒れている耀を蛇は飽きれ顔で覗き込んでいる。

「あ…、おかえりなさい。ヌシ様」

 耀は背後から、カヤの声を聞いた。家事が終わったのだろうか。耳元でちゃぷちゃぷと水が揺れる音が聞こえる。なんだろう、と思って顔を向けようとしたところに耀は額に冷たいものを乗せられるのを感じた。額を触ってみるとそれは濡れた手ぬぐい。カヤは持っていた手桶を横に置いて耀の傍に座ると、耀の顔を神妙な表情で見つめている。

「……?」

 耀が不思議そうにカヤを見つめると、カヤは視線をそろっと外す。その表情は今までの不機嫌だったものとは違い、何か気まずそうにしている様子だ。

「さて、腹が減ったな。カヤ、飯にしてくれ」
「あ、はい」

 カヤは、耀の耳元でそっと何かを囁くと土間へて去っていった。
 耀はカヤの言った言葉を不思議に感じ、身体を起こそうとするが蛇に止められた。

「まだ辛いだろう? 飯まで寝てろ」

 土間で食事の支度をしているカヤ。いつも通りにテキパキとこなしていく様子をずっと耀は見つめていた。カヤは何か複雑な表情で仕事をしている。

 ――ごめんなさい、か…。

 

 


 お昼が終わった後、耀はやはりすることがなく縁側で寝転んでいた。目の前に干された洗濯物が空を泳いでいる。
 今日はスッキリとした青空だが雲の動きが早く、風も少し強い。
 耀が生贄の身代わりをした時の着物も他の洗濯物と一緒に泳いでいた。先日、倒れてしまった時に引き摺ってしまい、すっかり土や泥で汚れてしまったのだ。今はカヤがしっかり洗ってくれたおかげで汚れはすっかり落ちて、元の真っ白で煌びやかなものに戻っている。

 ――レンはあの後どうしたんだろうか。

 耀はレンのことを思い出した。自分の身体が徐々に別のものに変わっていく中で見たレンが最後だ。先日も考えたが、やはり自分が身代わりをしたことによって、レン自身は生贄になることは逃れた。だが、あの行為によって里の長の面目は丸つぶれだろう。叱られるだけで済んでいればいいが…。

 ――レン。俺は生贄で連れてこられたのに、今そのヌシの棲家でゴロ寝してるよ。

 実際、本当に生贄で来たのだろうか、と疑いたくなるほどの対偶だ。ついこないだまでは、決死の覚悟で生贄の身代わりをしたのに、実際は何も仕事をさせられるわけでもないし、こうやって昼寝をするのも自由。山のヌシである蛇も耀に対して危害を加える様子など一切ない。むしろ、優しいほうだ。セッカン棒は怖いけど…。
 何よりも蛇は、ヌシ神とは思えないほどの人間らしい。見た目もほとんど人間の姿そのものである。狸のヨヘエは尻尾が生えていたが、蛇にはそういうものすらない。強いて言えばこの国では珍しい碧眼の部分だけだ。
 ――実は人間だったりしてね。
 人間でも突出した異能の人間は仙人などと呼ばれて山に住むことは旅の琵琶法師から唄で聞いたことがある。だが、人間が山のヌシをすることなんてできるのだろうか。
 しかし、耀は何も知らない人間だ。答えなど出るはずがない。
 ゴロゴロと縁側で転がるが、全然眠気はやってこない。夜しっかり寝て、朝しっかり起きた耀の頭はすっかり冴えていた。 されど、やることはない。唯一の日課である呼吸法もさきほどキッチリやった。セッカン棒が怖いから。

 シャン。

 ゴロゴロ転がり続ける耀の頭の手前で、何かが落ちた音がした。

「あ……」

 顔を上げると、カヤが立っていた。両手に何かを手に抱えている。耀は頭の手前に落ちているものを手に取る。赤と白の布で作られた玉のような物。振るとシャラシャラという音がする中に入っているのはお茶の実だろうか。

「あ、あの…里に近いところに落ちてたんです。巫女の勤めで社に向かう時にそれが落ちていてそれで…」

 カヤはためらいがちに喋る。耀はよほど蛇に怒られたのだろうか、と少し心配になった。

「これ、何か知ってる?」

 カヤは伏目がちに首を振る。

「これはお手玉といって、女の子の遊び道具なんだよ」
「里の子はこれで遊ぶんですか?」

 カヤは目を丸くして耀を見つめる。耀は寝転んでいた身体を起こす。

「遊んだことないのか?」
「巫女の勤めと家事に追われて……遊ぶなんてとても…」
「そうなのか…」

 俯くカヤ。耀は少しこの少女の境遇に同情した。自分もまた両親がいない身だが、この少女はずっとここで蛇のために身を尽くしてきたのだ。まだ同じ歳頃の子は友達と遊んだりするものだが、遊ぶことも知らず懸命に巫女の役目を勤めてきたのだろう。耀はまだ幼かった昔の自分を思い出した。今のカヤは昔の自分に少し似ていた。

「残りのも貸してくれ」
「……?」

 不思議そうな表情のカヤから残りのお手玉を受け取る。カヤが落としたものを合わせると四つある。よく見ると山に落ちていたもののはずなのに四つとも綺麗にしてある。カヤの几帳面な性格が見てとれた。

「うん。これだけあれば十分遊べるな」
「どうやって遊ぶんですか?」
「まぁ、見ててな」

 好奇心を抑えられないのか、カヤは正座していた身体を乗り出して興味深々と見つめている。

「よっ、と」

 耀は片手にお手玉を二つ持つと一つを宙に放る。そして、一つ目のお手玉が上がるとすかさず二つ目を放る。巧みに右手片方だけでお手玉二つを交互に宙に放りながら上手く操っている。

「よっ、よっ、よっ」
「わぁ、すごいすごいっ」

 耀は今の身体で上手く出来るか少し心配だったが、その心配を他所にお手玉は調子よく宙を飛んでいく。カヤは目の前で次々と回るお手玉を、頬が興奮で紅潮した顔でお手玉の一つ一つの行方を一生懸命になって目で追っている。
 年頃の女の子と同じ顔をするカヤ。耀は、ああ…やっぱり普通の女の子と一緒なんだな、と胸の中で密かに安堵した。

「すごいのは、まだまだこれからだっ」

 カヤの反応に調子づいた耀は、さらに放るお手玉を一つ増やす。今度は両手で三つのお手玉を投げる耀。カヤは宙を舞う三つのお手玉とそれを巧みに操る耀の手さばきに目が釘付けになっていた。

「あっ」

 しばらく三つのお手玉は規則正しく宙を舞っていたが、ついに耀が疲れたのか一つが見当違いの方向に飛んでしまった。

「あらら」

 飛んでいったお手玉は居間に入ったところに落ちた。耀は残りの二つを片手で受け取ると、身体を伸ばして、居間に落ちたのも拾う。

「面白かったですっ!」
「あはは、それはよかった」

 未だ興奮冷めやらぬカヤ、目を輝かせながら耀を見つめている。

「お手玉、お上手ですねっ。いつも遊んでたんですか?」
「幼馴染のレンがよくこれで遊んでたからね。一緒にいた俺も付き合わせられてたんだよ」

 鼻息荒く聞いてくるカヤに耀は苦笑しながら答える。幼かった耀にとって、レンは唯一の遊び相手だった。やんちゃだった耀は木に登ったり川で泳いで遊んだりもしたが、レンの遊びにも付き合うことが多かった。

「カヤもやってみるか? 俺教えるよ」
「ホントですか!? 私もやってみたいですっ」
「よし、じゃあ最初は両手で二つ投げてみようか」

 シャン。シャン。シャン。

 八つ時の縁側の中で小気味よく鳴るお手玉の音が子供の笑い声と一緒に居間に向かって響いていく。
 その音は自室で写本をしていた蛇の耳にも届いてきた。
 蛇は筆を硯に置くと、頬杖をついて、その音に耳を傾ける。

「お手玉の音なんて、久しく聞いてなかったな」

 心地よい音。もうすぐ夏になろうとしている中でその音は、涼しげな風とともに流れていく。

 シャン。

 カヤは最初の間こそ上手く投げられなかったが、しばらくやっているうちに、五回が十回、十回が二十回と徐々に投げる回数を増やしていった。手先がなかなか器用なようで、短い時間の中で面白いように上達していくカヤ。最初は耀も色々と話しかけていたが、カヤは夢中になってお手玉で遊んでいる。

「カヤ、ちょっと休もう」
「あ、はい。だいぶ経っちゃいましたね。お茶でもお持ちしてきますね」

 夢中でやっていたせいか、かなり時間が過ぎていたようだ。空を見ると赤く染まり始めてきている。手先が器用な上に集中力もかなりのもので、長時間お手玉をやっているカヤを見て、耀はカヤの集中力には舌を巻いた。カヤはお茶の入った湯飲みを二つほど持ってきて、耀の傍に置くと横に座った。

「ありがと」

 耀がお礼を言うとカヤはニッコリと微笑んだ。
 ――だいぶ、打ち解けてくれたみたいだな。
 カヤからすっかり最初の頃にあった固くなさが消え去ったことに耀は改めて安堵した。
 カヤは湯飲みを持ったまま、何か言いたげにもじもじとしている。耀はじっとお茶を飲みながら様子を見ていた。しばらくカヤは、お茶をちょっとすすっては湯飲みを回して、すすっては回して、を繰り返していたが、腹を決めたとばかりに湯飲みを置いて力強く頷くと耀のほうを向いた。

「あ、あのっ!」
「ん?」
「先日は申し訳ありませんでした…。私が、気がつかないばかりに…」
「ああ、やっぱりあのことを気にしてたのか」
「はい…、ヌシ様にあの後言われました…。くれぐれも用心するように、と」

 カヤはしゅん…と申し訳なさげに顔を俯いている。せっかく打ち解けたのにここで責めるわけにはいかないな、と耀は思った。

「ひゃっ!?」

 耀はその小さく白くなってしまった手でカヤのおかっぱ頭を掴んだ。…ホントは掴めてないけど。そしてそのままワシャワシャと髪の毛を掻き混ぜた。カヤは目を白黒させながら、首があっちこっちいってしまっている。

「気にするなよ! 確かに俺の身体は少し弱いみたいだけどさ、俺自身もわからなかったことだからね。それなのに何も知らなかったカヤを責めることはできないさ」

 あまりに勢いよく首を振られたせいで、目が回って焦点が合わない目でカヤは耀を見ている。耀はニカッと笑って見せながら、今度はカヤの頭を撫でてやる。やっぱりその手つきは乱暴だが。

「それでもまだ負い目に感じているのなら…、俺と友達になってくれないか?」
「えっ?」

 カヤは驚きで開かれた瞳を耀に向ける。耀は優しく微笑みながら言葉を続けた。

「それで帳消しにしよう。だから、仲良くしようぜ」

 耀の瞳を見ていたカヤは心の中に暖かいものが流れ込んでいくのを胸で感じた。

「耀さまがそれでよろしければ……」
「よしっ、いい子だ」

 またもや撫でられるカヤ。乱暴に撫でられるカヤは少し赤くなった顔で耀を見上げている。乱暴な手つきだが、耀の手から伝わってくる何かがカヤの胸をいっぱいにする。こみあがってくるそれにカヤは思わずそれを抑えるように両手で顔を覆ってしまう。
 
「よろしくな、カヤ」
「はい、耀さま」

 少年のように笑う耀にカヤは零れ落ちるような笑顔で答えた。

 

 


「ふあ〜、よく寝た」

 あの後お手玉の音を聞いていた蛇は、小気味良いその音に眠気を誘われてしまったのか、そのまま突っ伏して寝てしまった。そして夕時も過ぎたころになってようやく目が覚めた蛇は、寝惚けたまま居間に顔を出した。すると夕飯の準備をしているのか、入ってすぐにいい匂いが鼻腔をくすぐってきた。

「あ、やっと起きてきた」

 寝ぼけた頭で聞こえた声のほうを見るといろりで耀が味噌汁を作っていた。

「ん、なんだお前も飯作るの手伝っているのか」

 目を擦りながら蛇は欠伸をする。

「カヤに頼まれちゃったからな」

 蛇の寝ぼけて間抜けな姿に耀は苦笑した。髪の毛はボサボサ、いつもはパッチリ開いている目も今は半目になっていてなんとも可笑しい。土間の釜でご飯を炊いていたカヤが顔を出す。

「ヌシ様っ、ヌシ様っ、耀さまって料理ができるんですよっ。意外ですよね」
「ほお…、そうなのか」
「意外とはなんだ。これでも一人で暮らしてたから家事は一通りこなせるのさ」

 意外に、という言葉が気に入らなかったのか、耀は不満そうな顔で味噌汁をかき混ぜる手を休まず動かしながら土間にいるカヤを睨む。

「だって、耀さまって男の人そのものなんですもの。どう見たって意外ですよぉ」
「男だったからっていうのは偏見だ! それと様はつけなくていいって!」
「あはっ、じゃあ姉さまってお呼びしますねっ」
「姉さまって……」

 ――ふむ。

 ボサボサになった頭をバリボリ掻きながら二人のやり取りを見ている蛇。
 カヤのあんなにうれしそうな笑顔を見るのはいつぶりだろう。耀と生き生きとした顔でやりとりしているカヤを欠伸しながら見ていた蛇は、

「……どうやら、いつの間にか仲がよくなったみたいだな。よかったよかった」

 と、一人でうんうん頷いた。

 

 

 

〜つづく〜

 

 

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